NHKラジオ第1『高橋源一郎の飛ぶ教室』
「アフリカ系アメリカ人の精神世界の遺産」
2021年01月15日放送
出演 : 高橋源一郎、小野文恵


NHKラジオ第1の番組『高橋源一郎の飛ぶ教室』オープニング・トークで高橋源一郎さんが『Love, Janis』について話されていました。


高橋源一郎 およそ20年前の2001年9月11日、ニューヨークで同時多発テロが起こりました。僕がニューヨークを訪れたのはその少し後、まだ事件の余燼がくすぶっていた頃。崩壊したワールドトレードセンターの跡に近づくことはできませんでした。その時、ニューヨークの文化に詳しい知人に教えられて、一本のミュージカルを見に行きました。タイトルは『Love, Janis』。公開されていたのはブロードウェイではなく、いつかその晴れ舞台への進出を狙う、オフブロードウェイで22丁目にあるヴィレッジ・シアターという小さな劇場でした。

ジャニス・ジョプリンは1960年代の伝説的な歌姫でした。ロックシンガーというよりブルースシンガー。数枚のレコードと強烈な印象のいくつかのライブ映像を残し、激しい時代を駆け抜け、ドラッグ中毒で1970年に急死したのです。ジャニスの妹が書いた伝記を元にしたそのミュージカルは、劇場をそのままライブハウスにして、ジャニス役の歌手がバンドをバックにしてヒット曲を歌い、反対側にもう一人、ジャニス役の役者がいて、セリフをしゃべるという構成でした。ジャニス役の歌手があまりにも上手でビックリしたので、パンフレットを見たらグラミー賞を受賞したことのある歌手でした。目の前で再現される1960年代を生きた孤独な女の子。そして、彼女を突き動かすブルースへの思い。その歌を聞きながら僕はあの頃の自分を思い出していました。

不思議なのは詰めかけている観客たちでした。多くは僕より年上。そう、ジャニスと同時代の人間が当時の格好をして観客席にいる。そして、ボブ・ディランやキース・リチャーズやミック・ジャガーやジミ・ヘンドリックスが来てる。いや、そうではなくて、そっくりさんがそっくりの格好をして観客席にいたのです。そこは1960年代の同窓会のような場所でした。上演が終わると舞台でギターを弾いていた若者と話をしました。「どうだった?最高だろう。ブロードウェイに行って、日本にも行くよ」と彼は言いました。「日本に行ったら、また来てね」。残念なことに『Love, Janis』はブロードウェイにも、日本にもたどり着くことはなかったのです。

劇場の外は寒く、コートの襟を立てて、ホテルへの道を歩きながら、今観てきたばかりの『Love, Janis』のことを考えていました。素晴らしかった。懐かしかった。でも、一旦閉じ込められると外には出たくなくなるほどに。

■ミュージカル
『Love, Janis』
(2001年)
名称未設定1


■Laura Joplin
『Love, Janis』(洋書)
( Villard 1992年)
5163VAVQFTL



【秘密の本棚】
高橋源一郎さんおすすめ作品
■藤本和子
『ブルースだってただの唄 黒人女性の仕事と生活』(1986年)
(ちくま文庫 2020年)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480437037/
61NSJzU1ApL


■森崎和江
『からゆきさん 異国に売られた少女たち』(1976年)
(朝日新聞出版 2016年)
https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=18282
81Cj3XV9LaL


■石牟礼道子
『新装版 苦海浄土』(1972年)
(講談社文庫 2004年)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000203535
519CVVWX3JL


【今日の1曲】
■ジャニス・ジョプリン
「A Woman Left Lonely」
(アルバム『Pearl』収録 1971年)
81gm+Q7fCSL._AC_SL1395_


【今日のセンセイ】
岸本佐知子さん

■リチャード・ブローティガン
『アメリカの鱒釣り』(1975年)
(新潮文庫 藤本和子訳 2005年)
https://www.shinchosha.co.jp/book/214702/
51VSBRT8D7L


■リチャード・ブローティガン
『西瓜糖の日々』(1979年)
(河出文庫 藤本和子訳 2003年)
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309462301/
51BM70GX79L


■ツルゲーネフ
『あひゞき/片恋/奇遇』(1896年)
(岩波文庫 二葉亭四迷訳 1955年)
819r6T2r6QL


■ルシア・ベルリン
『掃除婦のための手引き書』
(講談社 岸本佐知子訳 2019年)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000311486
81CeICOxwkL


■岸本佐知子
『死ぬまでに行きたい海』
(スイッチパブリッシング 2020年)
http://www.switch-pub.co.jp/kishimoto_sachiko/
51jGrkyP8YL